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Q&A 氏名や住所を秘匿して裁判が可能になったと聞きました。どのような場合に利用できるのでしょうか。
これまで訴訟提起するには、訴状に当事者の氏名や住所を記載することが法定されていました。例えば、面識のない者からの犯罪被害に逢われた方が、加害者に対して損害賠償を求めたいと希望しても、訴状が相手に送達されることで名前や住所が知られてしまうということが、提訴を躊躇わせる理由になってしまっていました。
民事訴訟法の一部が改正され、令和5年2月より、申立をする者の住所、居所その他通常所在する場所(「住所等」)や氏名、その他当該者を特定するに足りる事項の全部または一部が訴訟当事者に知られることによって、申立をする者が「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること」を疎明した場合には、裁判所は申立人の申立により住所等や氏名の全部または一部を秘匿を決定する裁判ができるようになりました。
この氏名や住所の秘匿決定は、当事者(多くは提訴する原告)の申立が必要ですし、訴訟の相手当事者(多くは被告)に氏名や住所が知られることで、「社会生活を営むのに著しい支障を生ずる恐れがあること」を疎明する必要があります。疎明とは、裁判官が一応確からしいとの推測を得られる程度に立証することを指します。例えば、犯罪被害を受けた際の診断書や犯罪被害者への被害者通知制度による通知書等の提出が考えられます。DV被害の場合は、診断書のほか、配偶者暴力支援センター発行の相談証明書、住民票非開示措置の決定書などの提出が考えられます。なお、これらの資料を提出する際にも、氏名や住所そのものや手がかりとなる情報が記載されている場合はマスキングして裁判所に提出する配慮が必要です。
秘匿の決定が出た場合、氏名は「代替氏名A」住所は「代替住所A」というように、裁判所により今後の裁判手続でどう表示するかも決定されます。その後は、事件の表示や判決書の氏名や住所欄には、「代替氏名A」「代替住所A」と表記されます。裁判過程で、提出する証拠に秘匿内容や秘匿内容を推知させるような記載がある場合は、その部分を示して、訴訟相手方による閲覧等制限の申立を行います。
判決に基づいて、差押え等の強制執行を行う時も、代替氏名、代替住所で執行可能となっています。
氏名や住所を相手方に秘匿したまま提訴できる制度が制定されたことで、泣き寝入りすることなく損害賠償請求できる可能性が広がった一方、制度上、秘匿内容や秘匿を要請する部分は当事者の申立に係らしめられている上、適切なマスキング処理を施して提出する必要があるため、慎重に進めねばなりません。
弁護士 浦本真希 uramoto@fujikake.lawyers-office.jp