本文へ移動

よくある質問

記事一覧

誤振込の相手方に対する訴訟提起
2023-08-05
カテゴリ:Q&A

被相続人の口座を解約した預金を分けるために、法定相続人の一人に対し、近くのショッピングモールにあるATMから100万円振り込もうとしましたが、口座番号を間違ってしまい、見知らぬ人に振り込んでしまいました。すぐに銀行に駆け込み、組戻しを依頼しましたが、それも難しいとのことです。私が知っている誤振込相手の情報は、通帳に記載された「ヤマダタロウ」という名前とご利用明細に記載された口座に関する情報のみです。なんとかして100万円を取り戻したいのですが、どうすればよいでしょうか。


誤振込といえば、山口県阿武町の職員が特別給付金4630万円を誤振込した事件が記憶に新しいですが、誤振込を受けた者が誤振込があったことを知ってそのお金を受け取ることは犯罪(ATMで出金した場合は窃盗罪、窓口で出金した場合は詐欺罪、ネットバンキングで振り替えた場合は電子計算機使用詐欺罪)となります。

これは刑事上の責任ですが、民事上金銭の返還を求めるにはどうすればよいでしょうか。

まず、考えられるのは、金融機関に返金を求めることです。
これは「組戻し」といい、相手方に着金前であれば返金に応じてくれますが、着金後であれば相手方の同意を得た場合に限り返金されます。

次に、金融機関が組戻しに応じない場合、返金を求めるためにまず相手方の特定が必要となります。

上記のとおり、誤振込されたお金を引き出すことは犯罪となりますので、警察に相談することが一つ考えられ、事件として立件されれば、捜査の過程で相手方の情報を得られる可能性があります。
ただ、注意すべきは、誤振込されたお金を引き出した際に成立する犯罪の被害者はあくまで金融機関であり、誤振込した人は被害者とはなりません。そのため、被害届を出すには金融機関の協力が必要であり、誤振込した人が単独で警察に相談しても、事件として処理してくれないことがあります。

警察の協力を仰ぐことが出来ない場合には、相手方口座の金融機関に対し、弁護士会照会(弁護士法23条の2)をして、口座開設した者の氏名、住所を照会します。これで回答があれば、その者を被告として不当利得返還請求訴訟を提起しますが、回答がない場合に、同訴訟を提起することはできないのでしょうか。

この点、民事訴訟法(以下「民訴法」といいます)133条2項1号は訴状に「当事者及び法定代理人」を記載しなければならないとし、民事訴訟規則2条1項1号は、「当事者の氏名または名称および住所並びに代理人の氏名及び住所」を記載するものとする。そして、訴状が民訴法133条2項に違反する場合には、裁判長は、相当の期間を定めて、その期間内に不備を補正すべきことを命じなければならず(民訴法137条1項)、原告が不備を補正しないときは、訴状を却下されます(同条2項)。

そのため、相手方の氏名や住所がわからない状況では、訴状を却下される可能性がありますが、それでは誤振込した者の裁判を受ける権利が害されますので、裁判所も柔軟な対応を行っています。

すなわち、名古屋高裁平成16年12月28日判決は次のとおり判示しています。
「なるほど,訴状の被告名は上記預金口座の名義人である片仮名の名前にすぎず,しかも,住所表示(訴状送達の便宜等のために有益であり,また,被告を特定する上で有用であることから実務上記載されるのが一般である。)は「不詳」とされている。しかし,抗告人は,本件訴訟提起前に,弁護士照会等により,所轄の滑川警察署長及び上記預金口座のある三井住友銀行永山支店宛に「コウヤマイチロウ」の住所及び氏名(漢字)を問い合わせるなどの手段を尽くしたものの,協力が得られず,やむなく上記の記載の訴状による訴えを提起したことが認められる。そして,抗告人は,本件訴訟提起と同時に上記銀行に対する調査嘱託を申し立てているところ,これらの方法により,「コウヤマイチロウ」の住所,氏名(漢字)が明らかとなり,本件被告の住所,氏名の表示に関する訴状の補正がなされることも予想できる。
したがって,本件のように,被告の特定について困難な事情があり,原告である抗告人において,被告の特定につき可及的努力を行っていると認められる例外的な場合には,訴状の被告の住所及び氏名の表示が上記のとおりであるからといって,上記の調査嘱託等をすることなく,直ちに訴状を却下することは許されないというべきである。」

上記裁判例は、被告の特定について困難な事情があり,原告である抗告人において,被告の特定につき可及的努力を行っていると認められる例外的な場合には、訴状提出と同時に金融機関に対する調査嘱託申立を行うことを条件に、訴状を却下することは許されないとしています。
そのため、本件でも、訴状の住所欄に「不詳(下記振込口座の登録住所)」、氏名欄に「ヤマダタロウ」と記載し、訴状と一緒に調査嘱託申立てをすれば、訴訟提起は可能となります。その後、金融機関の調査嘱託の結果、相手方の氏名住所が判明すれば、訴訟はそのまま審理が継続することとなります。
しかしながら、残念ながら、調査嘱託を行っても金融機関からの回答を得られない場合もあり、その場合には訴訟を取り下げざるを得ませんが、状況を警察に報告することにより、警察の協力を得られる場合もありますので、誤振込をした場合には、速やかに金融機関と警察に相談することが重要といえます。

弁護士 上田 貴   ueda@fujikake.lawyers-office.jp
神戸湊川法律事務所
〒650-0015
兵庫県神戸市中央区
多聞通3-3-9 神戸楠公前ビル3階

TEL.078-341-3684

TOPへ戻る