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Q
私は、輸入品の卸売業を経営していますが、顧客からこれまで支払は約束手形の発行で行ってきたが、約束手形は間もなく廃止されるので、今後は「でんさい」に切替えたいという申入れがありました。
「でんさい」というのはどういうものでしょうか。売掛金の支払として約束手形の代りに「でんさい」の譲渡を受けることで何か注意すべきことはあるでしょうか。
A
1 「でんさい」とは
「でんさい」というのは、電子記録債権の通称です。電子記録債権とは、電子債権記録機関の記録原簿への電子記録をその発生・譲渡等の要件とする、既存の指名債権・手形債権などとは異なる新たな金銭債権です。
手形と同様に、電子記録債権の譲渡には善意取得や人的抗弁の切断の効力などの取引の安全を確保するための措置も講じられているので、事業者は、企業間取引などで発生した債権の支払に関し、パソコンやFAXなどで電子記録をすることで、安全・簡易・迅速に電子記録債権の発生・譲渡等を行うことができます。
電子記録債権は、電子記録債権法により、事業者の資金調達の円滑化等を図るために創設された新しい類型の金銭債権であり、この法律は平成20年12月1日に施行されています。
2 約束手形の廃止の方向性
企業間取引では、仕入の商品受渡しと同時に代金支払が行われず、「買掛」として一定期間取りまとめた上で請求し、代金を支払う流れが一般的であり、その将来の支払確保の手段として約束手形は利用されてきました。
また、企業の資金調達の手法として、取引関係にある企業相互間での振出された約束手形の譲渡(手形割引)が利用されてきました。しかし、手形の振出しや譲渡・質入れについては、企業の事務手続のIT化が進む中、紙媒体である手形に内在する保管コストや紛失リスク等の問題があり、最近では、手形の利用自体が大幅に減少してきています。
このように、経済のあり方が世界的に変貌する中で、約束手形を用いたビジネスがそぐわなくなってきたこともあり、政府は2026年に手形交換所における約束手形の取扱い廃止の方向性を示しています。
3 約束手形に代えて「でんさい」の活用
約束手形の利用が全体的に減少傾向にあるとはいえ、製造業・建設業などでは依然利用頻度が高く、約束手形が廃止されることになっても、手形の利用をすぐになくすことは困難とも予想されます。そこで経済産業省では、そうした手形文化の根付いた企業に対して、「銀行振込による支払い」方法とあわせて「でんさい」への切替えも推奨しています。
「でんさい」は、事業者の資金調達の円滑化などを図るべく創設された「株式会社全銀電子債権ネットワーク」(通称:でんさいネット)が取り扱う電子記録債権です。2013年からすでにサービスが提供されており、紙の手形の問題点を克服した金銭債権として多くの企業が活用しています。
例えば、受取人となる企業は、金銭債権をデータ化することで紛失や盗難の心配がなくなり、期日になると自動入金されるため取立手続きもなくなります。また、必要な工程はWeb上で債権内容を確認することのみとなるため、事務負担を大きく軽減できます。紙の手形のように裏書譲渡も可能で、必要な分だけ分割して利用することもできます。
振出人となる支払企業では、手形用紙代や手形印紙代などが大幅に削減され、必要な費用は金融機関に支払う手数料のみとなります。ペーパーレスのため郵送料もかからなくなり、債権発生作業も簡単になるため大幅な業務の効率化が実現できます。
4 「でんさい」のメリット
「でんさい」は、善意取得や人的抗弁の切断等の手形と同様の取引の安全を確保するための措置も講じられていますので、手形を電子化するのと同様の機能を果たすことが可能となります。
例えば、売掛債権について手形の振出に代えて電子記録債権を発生させた場合、納入企業は、当該電子記録債権についてパソコンやFAXなどで譲渡記録が行われることにより、手形割引のように金融機関に譲渡して現金化したり、あるいは回し手形のように2次納入企業に譲渡してその支払に充てることができます。さらに、手形は分割できませんが、電子記録債権は分割記録を行うことで分割ができるので、複数の2次納入企業の支払に充てることも可能です。
このように「でんさい」は、約束手形のデメリットを克服し、かつ約束手形と同様の機能をもつので、約束手形の廃止に伴ってその利用が促進されることが予想されます。
弁護士 藤 掛 伸 之 fujikake@lawyers.jp